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70. In the Still of the Nite イン・ザ・スティル・オブ・ザ・ナイト 

In the Still of the Nite イン・ザ・スティル・オブ・ザ・ナイト : The Five Satins ファイヴ・サテンズ


Alubm : Best of the Five Satins
Best of the Five Satins
  Five Satins Greatest Hits
Five Satins Greatest Hits

Released: 1956
Written by: Fred Parris
Produced by: Marty Kugell

  The Five Satins:
The Five Satins
 From Wikipedia, the free encyclopedia  

 Doo Wop (ドゥ・ワップ)の名曲、「In the Still of the Nite」 はリード・ヴォーカルのフレッド・パリスによって(何でも陸軍の兵役中に?)書かれました。 「"Night" のスペルが間違ってない?」―と言われそうですが、これは1937年に Cole Porter の 「In the Still of the Night」 という同名の曲があって、混同しないようにと付けられたタイトルとのことです。 私の語学力のせいではありません・・・

 サテンは日本語で繻子(しゅす)とも言う柔らかな絹織物ですが、その言葉通りなめらかな歌声のコーラス・グループです。 この曲は学校の地下室で録音され、始めは "The Jones Girl" というシングルのB面に収められていました。
 この前年にメンバー全員が軍隊に召集され、最後のレコーディングのためにまた集まったのち、再度軍隊に戻りグループは解散してしまいます。 この曲がヒットしていたころ、フレッド・パリスは陸軍の任務で日本にいたとか・・・

 この曲は映画 Dirty Dancing
Dirty Dancing
(ダーティ・ダンシング:1987年)のサウンド・トラックに使われ、アルバムのラストを飾る曲になっています。
 ファイヴ・サテンズはトータルで100万枚くらいのレコードが売れたそうですが、当時の黒人ミュージシャンはどんなに売れても白人に搾取されるだけで、フレッド・パリスは35ドルの小切手をもらっただけだったとか・・・
 サム・クックのように自分で会社を作って著作権を管理していた人は50年代ではめずらしく、それがモータウンのような黒人による黒人のためのレコード会社が作られることにもつながって行くのでしょう。

 1992年には近代のコーラス・グループ Boyz II Men
Boyz II Men
(ボーイズ II メン) によってカヴァーされ、ビルボード3位のヒットを記録しています。 こちらは楽器の伴奏無しのア・カペラで歌われていますが、さすがに音質では50年代に地下室で録音されたものとは比べものになりません。 こちらもリンクを貼っておきますので、36年の音の違いを聴き比べてみて下さい。

● In the Still of the Nite 『イン・ザ・スティル・オブ・ザ・ナイト』を聴く:
(※自動的に再生が始まらない時は、上にある「PLAY」をクリックして下さい)

● Boyz II Men の 「In the Still of the Nite」 を聴いてみる。

  ●歌詞と訳詩●

In the still of the night   夜の 静けさの中で
I held you,   ぼくはきみを抱いた
Held you tight   きつく抱きしめた
'Cause I love,   なぜって ぼくは愛していたから
Love you so   それほどに きみのことを
Promise I’ll never let you go   ぼくは決して きみを離さないと約束した
In the still of the night   夜の 静けさの中で
(In the still of the night)

I remember that night in May   5月の夜のことを ぼくは忘れない
The stars were bright above   天上の星たちは 明るく輝いて
I hope and I pray   ぼくは望み、そして祈った
To keep your precious love   きみの大切な愛が 続きますように、と

Well, before the light   ねえ、夜が明ける前に
Hold me again    もう一度 ぼくを抱いて
With all of your might   きみの すべての力で
In the still of the night   夜の 静けさの中で
(In the still of the night)

(間奏)

So, before the light   だから、明るくなる前に
Hold me again    もう一度 ぼくを抱いて
With all of your might   きみの すべての力で
In the still of the night   夜の 静けさの中で
(In the still of the night)
In the still of the night   夜の 静けさの中で

※ night、 tight、 light、 might、 night ―と、韻を踏んでいる

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テーマ : 洋楽歌詞対訳
ジャンル : 音楽

68. Blueberry Hill ブルーベリー・ヒル

Blueberry Hill ブルーベリー・ヒル : Fats Domino ファッツ・ドミノ 


Fats Domino
Alubm : 20 Best of Fats Domino
20 Best of Fats Domino
  Fats Domino Jukebox
Fats Domino Jukebox

Released: 1956
Written by: Al Lewis, Larry Stock (作詞) Vincent Rose (作曲)
Produced by: Dave Bartholomew

  ファッツ・ドミノについて:
Fats Domino
 フリー百科事典『ウィキペディア』  

 1940年Vincent Rose(ヴィンセント・ローズ)によって書かれたこの曲は、1956年にファッツ・ドミノが歌ったことでビルボード2位を記録し、スタンダード・ナンバーとなりました。 オリジナル曲ではありませんが、ファッツ・ドミノの功績はこの曲を世界に広めたことでしょう。

 オリジナルは1941年にGene Autry(ジーン・オートリー)が映画の挿入歌として歌い、同年に録音されたGlenn Miller (グレン・ミラー)オーケストラのヴァージョンが40年代ではもっとも有名な様ですが、ファッツ・ドミノは1949年の Louis Armstrong (ルイ・アームストロング)ヴァージョン を元にしたようです。
 プロデューサーはそれをひどいものと思っていたようですが、カヴァーすることには反対もしなかったようで、結果的にはそれがファッツ・ドミノ最大のヒットとなり全世界で500万枚以上のレコードが売れました。 ファッツ・ドミノが元歌をアップ・テンポにして(これで?)曲にパンチを加えたことで、よりポピュラーなものとなったようです。 

 歌詞はとてもシンプルで、 thrill(スリル)、hill(ヒル)、still(スティル)、'till(ティル)と韻を踏んでいますが、この何ともノンビリとした感じはあの時代ならではのものです。 失恋ソングですけどね・・・
 ファッツ・ドミノはルイジアナ州のニューオーリンズに住んでいて、2006年のハリケーン「カトリーナ」がアメリカを襲った時には一時行方不明になっていましたが、のち無事に救出されました。


● Blueberry Hill 『ブルーベリー・ヒル』を聴く:
(※自動的に再生が始まらない時は、上にある「PLAY」をクリックして下さい)

  ●歌詞と訳詩●

I found my thrill   私は スリル(ゾクゾクするもの)を見つけた
On Blueberry Hill   ブルーベリーの丘で
On Blueberry Hill   ブルーベリーの丘は
Where I found you   私が あなたを見つけたところ

The moon stood still   月が じっと たたずんでいる
On Blueberry Hill   ブルーベリーの丘に
And lingered 'till (until)   そして その場にずっと たたずんだまま
My dreams came true   私の夢は 現実のものになった

The wind in the willow played   そよ風が 柳の枝と戯(たわむ)れている
Love's sweet melody   恋の 甘いメロディ
But all of those vows you made   でも あなたがした 全ての誓いは
Were never to be   何も なされなかった   

Tho'(Though) we're apart   私たちは 離れているけれど
You're part of me still   あなたは まだ私の一部だ
For you were my thrill   あなたは私の スリルだったから
On Blueberry Hill   ブルーベリーの丘で

The wind in the willow played   そよ風が 柳の枝と戯(たわむ)れている
Love's sweet melody   恋の 甘いメロディ
But all of those vows you made   でも あなたがした 全ての誓いは
Were never to be   何も なされなかった   

Tho'(Though) we're apart   私たちは 離れているけれど
You're part of me still   あなたは まだ私の一部だ
For you were my thrill   あなたは私の スリルだったから
On Blueberry Hill   ブルーベリーの丘で

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テーマ : 洋楽歌詞対訳
ジャンル : 音楽

66. Blue Suede Shoes ブルー・スウェード・シューズ

Blue Suede Shoes ブルー・スウェード・シューズ : Carl Perkins カール・パーキンス 


Blue Suede Shoes
Alubm : The Fabulous Carl Perkins
Fabulous Carl Perkins
  グレイテスト・ヒッツ20
Released: 1956 (January 1 )
Written by: Carl Perkins
Produced by: Sam Phillips

  カール・パーキンス: 「ブルー・スウェード・シューズ」インタビュー記事
Carl Perkins
  

 カール・パーキンスによって書かれロックのスタンダードとなっているこの曲は、アメリカでR&B (リズム・アンド・ブルース)チャートとポップ・チャートの両方で初のミリオン・セラーとなりました。 当時の音楽業界で百万枚のヒットというと、かなりのものだったはずです。

 1956年1月1日に発売されたこの曲は、エルヴィス・プレスリーがカヴァーすることで注目を集めますが、最初は 「Elvis Presley」
Elvis Presley
というエルヴィスのファースト・アルバム(1956年3月23日)に収められていただけだったので、結果的にカール・パーキンスのEP(シングル)が売れることになりました。 最初78回転だったEPレコードは尻切れトンボ状態で、その後45回転のフォーマットになって全曲(?)が収まるようになりました。 当時はエルヴィスのシングル「Heartbreak Hotel」(ハートブレイク・ホテル)とチャートの順位を争っていたようです。

 エルヴィスはこの曲をカヴァーするにあたり、カール・パーキンスのシングルが売れている間はシングルを出さないという約束が交わされていたそうで、エルヴィスのバージョンは9月8日になってから発売されました。 
 カール・パーキンスはシングルが売れ始めて、「これでやっとこの老いぼれカウボーイ(自分のこと)にもツキが回ってきた」と喜んでいたら、エルヴィスがカヴァーしたと聞いて「これでまた農業に戻らなければ・・・」とガッカリしたそうですが、エルヴィスのヴァージョンが9ヶ月遅れてリリースされたお陰でミリオン・セラーとなった訳です。 (エルヴィスの方は20位までしか上がりませんでした) もっともエルヴィスはその半年ほどの間に、「Heartbreak Hotel」」 、 「I Want You, I Need You, I Love You」 、「Don't Be Cruel」 、「Hound Dog」 の4曲をチャートの1位に送り込んでいます。

 この曲のアイディアは、ジョニー・キャッシュがカール・パーキンスに話したエピソードから来ています。 ジョニーが空軍にいた時に、スエードの靴をいつもピカピカに磨いていた黒人兵がいて、「俺のスエード・シューズを踏むな」が口癖だったとか。 それを曲に書くように勧められても、カールは全然イメージが湧かなかったそうです。
 ところが一月後のショーに出演していたら、客の青年がデートの相手に「俺のスエード靴を踏むな!」―と言うのを実際に聞いてビックリし、その晩ベッドの中でアイディアが閃いて起き上がり、ギターを取り上げてこの曲を書いた―とのことです。 
 ※この辺りのエピソードは インタビュー記事 に詳しく書かれているので、そちらをご覧下さい。
ブルー・スウェード・シューズ の画像はこちら。

 " One for the money, two for the show , three to get ready , and four to go "

 ところでこの曲の出だしにある歌詞ですが、これは children's rhyme [童(わらべ)歌]からの引用です。
 1(いち)で位置について、2(に)でヒザをついて、3(さん)でヨーイ、4(よん)でドン―といったところで、money は ready と掛けて韻を踏んでいるのでしょうが、子供の歌ですから意味不明のものが多いです。
 日本でも「一羽のカラスが カーァカァ、二羽(庭?)のニワトリ コケコッコ・・・」といった数え歌がありますし、「一つ人より力持ち、二つふるさと あとにして・・・」といった歌もありましたっけ。

 4番目はカールによって「Now go, man, go」―と書き換えられ、更にプロデューサーのサム・フィリップスの提案で「 go, cat, go」―となりました。 【「cat」は米俗で「男」(fellow) のこと】 余談ですが、フェンダー社のギターには 「Go Cat Go!」 モデルというのがあったようです。 (「マジカル・ミステリー・ツアー」の頃のジョージ・ハリソンが、フェンダー社のストラトキャスターにサイケデリック・ペイントを施して、そのギターには「GO CAT GO」の文字がペイントしてありました)

 この曲はロックのスタンダード・ナンバーとしてカヴァーしている人も多く、エルヴィスのヴァージョンを始めとして、John Lennon 、Van Morrison & Bob Dylan 、Jimi Hendrix (Live)、Brian Setzer (ストレイキャッツ)、Ry Cooder などが取り上げています。 Ry Cooder のヴァージョンはスライド・ギターがカッコイイのですが、残念ながら音楽共有サイトにはありませんでした。


● Blue Suede Shoes 『ブルー・スウェード・シューズ』を聴く:
(※自動的に再生が始まらない時は、上にある「PLAY」をクリックして下さい)

Elvis Presley (エルヴィス・プレスリー)の「ブルー・スウェード・シューズ」を聴いてみる

  ●歌詞と訳詩●

Well, it's one for the money,   そいつは1 に 金のため、
Two for the show   2に ショーのため、
Three to get ready   3で 用意して、
Now go cat go   さあ、行ってみようぜ、(cat: 米俗「男」の意で、「man」と同じ)
But don't you,   でも やめてくれ
step on my blue suede shoes   俺のブルー・スウェード・シューズを踏んづけるのは
You Can do anything   お前が 何をしてもいいけど
But lay off of my blue suede shoes   でも 俺のブルー・スウェード・シューズからは離れてくれ

You can knock me down,   お前は 俺をノック・ダウン(殴り倒)してもいい
step on my face   俺の顔を 踏んづけてもいい
Slander my name   俺の名前を 悪く行ったっていい
all over the place   そこいらじゅうで
Do anything that you wanna do   お前がしたいことは 何をしてもいい

But uh uh baby,   でも あぁ ベィビィ(かわいい人)
Lay off of my shoes   俺の靴から離れてくれ
But don't you,   でも やめてくれ
Step on my blue suede shoes   俺のブルー・スウェード・シューズを踏んづけるのは
You can do anything   お前が 何をしてもいいけど
But lay off of my blue suede shoes   でも 俺のブルー・スウェード・シューズからは離れてくれ

(間奏)

You can burn my house,   俺の家を 燃やしてもいい
you can steal my car   俺の車を 盗んでもいい
Drink my liquor   俺の酒を 飲んだっていい
from an old fruit jar   古い果実(酒)の壜(ビン)から
Do anything that you wanna do   お前がしたいことは 何をしてもいい

But uh uh honey,   でも あぁ ハニー(かわいい人)
Lay off of my shoes   俺の靴から離れてくれ
But don't you,   でも やめてくれ
Step on my blue suede shoes   俺のブルー・スウェード・シューズを踏んづけるのは
You can do anything   お前が何をしてもいいけど
But lay off of my blue suede shoes   でも 俺のブルー・スウェード・シューズからは離れてくれ

(間奏)

Well, it's one for the money,   そいつは1 に 金のため、
Two for the show   2 に ショーのため、
Three to get ready   3で 用意して、
Now go cat go   さあ、行ってみようぜ
But don't you,   でも やめてくれ
Step on my blue suede shoes   俺のブルー・スウェード・シューズを踏んづけるのは
You can do anything   お前が 何をしてもいいけど
But lay off of my blue suede shoes   でも 俺のブルー・スウェード・シューズからは離れてくれ

Well, it's blue, blue, blue suede shoes   ブルー、ブルー、ブルー・スウェード・シューズ
Blue, blue, blue suede shoes   ブルー、ブルー、ブルー・スウェード・シューズ
Well, blue, blue, blue suede shoes   ブルー、ブルー、ブルー・スウェード・シューズ
Blue, blue, blue suede shoes   ブルー、ブルー、ブルー・スウェード・シューズ
Well, you can do anything   お前が 何をしてもいいけど
But lay off of my blue suede shoes   でも 俺のブルー・スウェード・シューズからは離れてくれ

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テーマ : 洋楽歌詞対訳
ジャンル : 音楽

65. Summertime Blues サマータイム・ブルース

Summertime Blues サマータイム・ブルース : Eddie Cochran エディ・コクラン


Eddie Cochran
Alubm : Best of Eddie Cochran
Best of Eddie Cochran
  ベスト・オブ・エディ・コクラン
ベスト・オブ・エディ・コクラン

Released: 1958
Written by: Eddie Cochran , Jerry Capehart
Produced by: Jerry Capehart

  エディ・コクランについて:
Eddie Cochran
 フリー百科事典『ウィキペディア』  

 エディー・コクランは1938年ミネソタ州に生まれ、12歳の時にギターを手にして以来、ピアノ・レッスンよりもラジオのカントリー・ミュージックを聴きながらギターレッスンをしていたようです。 1955年にエルビス・プレスリーのステージを見て影響を受けたエディー・コクランは、それまでのカントリースタイルからロカビリーに演奏法を変えたとのことで、このあたりは同年代のバディ・ホリーと似ています。 プレスリーと違うのは、エディー・コクランやバディ・ホリーは自分で曲が書けたということで、シンガー・ソング・ライターのはしりと言えるでしょう。 もっとも両者はかなり対照的ですが・・・

 16歳の頃からスタジオ・ミュージシャンとして活動を始めたエディー・コクランは1956年に映画に出演し、その中で 「Twenty Flight Rock」 を演奏しています。 (この曲はローリング・ストーンズが1982年の 「スティル・ライフ」 というライヴ・アルバムの中でカヴァーしていました) エディーはその翌年にも映画に出演して、その中で歌った「Sittin' in the Balcony」(バルコニーに座って)という曲が初ヒットとなりました。 

 この 「サマータイム・ブルース」 はマネージャーのジェリー・ケイプハートとの共作で、手拍子にはソング・ライターで恋人のシャロン・シーリーも参加していますが、当初はシャロン・シーリーが書いた 「Love Again」 という曲のB面だったようです。 1970年にザ・フーがカヴァーしたのをはじめ、ビーチ・ボーイズ、T-REX など多くのミュージシャンがこの曲をカヴァーしています。
 歌の中に出てくるボスの役や親の役も、エディが一人で声音を変えて歌っています。 歌詞の中に選挙権のことが出てきますが、当時のアメリカは21歳にならないと選挙で投票できず、こうした歌の影響もあってか、のちに年齢が18歳にまで引き下げられました。

 1987年に公開された映画ラ★バンバの中で、エディー・コクラン役のブライアン・セッツァー (元ストレイキャッツ)がこの曲を歌っていましたが、こうしたロカビリー調の曲をやらせるといかにもピッタリという感じでした。
 日本ではRCサクセションが「カバーズ」というアルバムの中でカヴァーしています。 (そういえばRCの「ボスしけてるぜ」って、この曲の歌詞と似たところがありますね)

 1970年にエディ・コクランはシングルが本国アメリカよりもイギリスの方が評判が良いと聞き、やはりイギリスで人気の高いジーン・ヴィンセント
と共に英国公演ツアーに出かけます。 恋人のシャロン・シーリー
も一緒でした。 
 公演は予定を延期するほどの人気だったようですが、帰国の途に着こうとヒースロー空港に向かっていたタクシーが、雨でタイヤがスリップして街路灯に衝突。 フロント・ガラスを突き破って外に放り出されたエディ・コクランは頭部にひどい怪我をして、搬送先の病院で翌日亡くなってしまいます。 わずか21歳の若さでした。 
(ジーン・ヴィンセントとシャロン・シーリーも重症を負いますが、命に別状はなかったようです)

● Summertime Blues 『サマータイム・ブルース』を聴く:
(※自動的に再生が始まらない時は、上にある「PLAY」をクリックして下さい)

  ●歌詞と訳詩●

Well, I'm gonna raise a fuss   そうさ、俺は大騒ぎするつもりだ
I'm gonna raise a holler   俺は叫び声をあげたい
About a working all summer   夏(休み)の間中 働いてばかりいることについて
Just to try to earn a dollar   (それも)たった1ドルの収入を得るためにさ
Well, time I called my baby   俺が彼女に電話して
Try to get a date   デートをとりつけようとしたら
My boss says, no dice, son   俺のボス(上司)が言うんだ、 『駄目だ、坊や ※
You gotta work late   お前は残業があるから』
Sometimes I wonder   俺は時々 訳が判らなくなる
What I'm a gonna do   俺は一体どうしたらいいんだ
But there ain't no cure   でも治療法なんてないんだ
For the summertime blues   夏の日のブルース(憂鬱)には

Oh, well my Mom and Poppa told me,   あぁ、俺の親父とお袋も俺に言うんだ、
Son, you gotta make some money   『せがれ、お前 少しは金を稼いできな
If you want to use the car   もし お前が(うちの)車を使いたけりゃ
To go ridin' next Sunday   次の日曜日に (車に)乗りたければ』
Well, I didn't go to work   いや、俺は仕事(バイト)に行かなかった
Told the boss I was sick   ボスには 俺は病気だって言ってある
Well, you can't use the car   『それなら お前は車を使えないな
Cause you didn't work a lick   なぜってお前は ちっとも仕事をしてないからな』
Sometimes I wonder   俺は時々 訳が判らなくなる
What I'm a gonna do   俺は一体どうすりゃいいんだ
But there ain't no cure   でも救いようがないんだ
For the summertime blues   夏の日のブルース(憂鬱)は

I'm gonna take two weeks   俺は二週間の (休みを)とるつもりさ
Gonna have a fine vacation   楽しい休暇を過ごすために
I'm gonna take my problem   俺は自分の問題を 持ち込むことにした
To the United Nations   国連に
Well, I called my congressman   俺は 我が下院議員さんに電話したのさ
And he said, whoa   そいで そいつが言うには 『うーん、
I'd like to help you, son   私はきみを助けてあげたいが、坊や
But you're too young to vote   でもきみは投票するには若過ぎるだろ?』 ※
Sometimes I wonder   俺は時々 訳が判らなくなる
What I'm a gonna do   俺は一体どうすりゃいいんだ
But there ain't no cure   でも治療法なんてないんだ
For the summertime blues   夏の日のブルース(憂鬱)には


※ no dice : 駄目だ
※ 当時アメリカの選挙権は21歳からであり、こうした抗議活動(?)によって年齢が18歳に引き下げられた。
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テーマ : 洋楽歌詞対訳
ジャンル : 音楽

64. Crying, Waiting, Hoping クライング、ウェイティング、ホーピング

Crying, Waiting, Hoping クライング、ウェイティング、ホーピング : Buddy Holly バディ・ホリー


Buddy Holly
Alubm : Very Best of Buddy Holly
Best of Buddy Holly
  バディ・ホリー・ゴールド
バディ・ホリー・ゴールド

Released: 1959. July (死の半年後)
Written by: Buddy Holly
Produced by: Jack Hansen

  バディ・ホリーについて:
Buddy Holly
 フリー百科事典『ウィキペディア』  

 「眼鏡をかけたロックン・ローラー」、それが今回紹介するバディ・ホリーです。 エルビス・プレスリー、チャック・ベリー、リトル・リチャードらが不良の音楽と白い目で見られていた50年代にあって、スーツ姿に眼鏡のバディ・ホリーは比較的おとなしい若者たちに人気があったようです。 実際高校生の頃は真面目で目立たない生徒だったらしく、当時の高校教師はバディの記憶がほとんど無かったとか・・・

 そんなカントリーをやっていたおとなしい若者が、1955年にエルビス・プレスリーと出会ってロックン・ロールに目覚めてしまいます。 バディはクリケッツのメンバーと3~4人で演奏していましたが、ギターにベースにドラムスという編成はビートルズも同じでした。 Cricket(クリケット)はコオロギの他に球技のクリケットという意味もありますが、ビートルズもそれに倣(なら)って言葉では Beetle (カブト虫)と聞こえてもスペルは Beatles で、音楽の Beat (ビート)に引っ掛けているという訳です。

 当時はギブソンのアコースティック・ギターが主流でしたが、バディ・ホリーはフェンダーのストラトキャスターやテレキャスターといったエレクトリック・ギターを使っていました。 もっともストラトを広めたのは、60年代に登場するジミ・ヘンドリックスだったようですが・・・

 60年代の人たちに影響を与えたバディ・ホリーですが、1959年2月3日に乗っていた小型飛行機の墜落により、22歳の若さで亡くなってしまいます。 飛行機の同乗者には前出の リッチー・ヴァレンス もいました。
 バディ・ホリーのヒット曲には「ペギー・スー」や「ザットル・ビー・ザ・デイ」などがあり、エヴリデイ は1986年に公開の映画スタンド・バイ・ミー」のサウンド・トラック に使われ、日本ではナイアガラ・トライアングルvol.2 (大滝詠一、佐野元春、杉真理)の「A面で恋をして」(1982年)という曲にもその影響が見られます。

 この曲はバディ・ホリーの死後、最初にリリースされた「Peggy Sue Got Married」のB面に収録されていたものです。 バディの死後、彼のアパートからはギターとヴォーカルだけの歌が6曲入ったテープが見つかり、それを受け取ったプロデューサーのジャック・ハンセンはスタジオ・ミュージシャンを集めて曲を完成させました。
 50年前の曲でヒット曲ではありませんが、今聴いても古さを感じさせないし、映画「ラ★バンバ」の中でバディ・ホリー役のマーシャル・クレンショーがこの曲を歌っていたので取り上げてみました。 実際にバディ・ホリーが生前にこの曲を歌ったかどうかは判りませんが・・・

 ところでLast fmで聴かれているバディ・ホリーの音楽を調べてみたら、「Peggy Sue」、「Everyday」、「That'll Be the Day」といったヒット曲を抜いて、2倍以上の人気があるのが Dearest という曲でした。 そんな曲は3枚組みのベスト版にも見当たらないので調べてみたら、1981年にリリースされた Buddy Holly - Love Songs というアルバムに収録されていました。 (ただし、現在日本で入手できる同名アルバムは、全く違った内容になっています) シングルでは同じく'81年リリースの「Slippin' And Sliddin' / Dearest」というのがあるようです。

 何でベスト版にも収録されていないこの曲に人気があるのかというと、2007年にアメリカで公開された映画 「JUNO」(ジュノ)
Juno [Soundtrack]
のサウンド・トラックに収められていたから―ということらしいのです。 この映画はアメリカで社会現象を引き起こし、その人気はサウンド・トラックにも及んで、iTunesのアルバム・チャートではレディオヘッドを抑えて1位を獲得したとか。
 50年前の曲が今でも映画に使われて人気があるというのはうれしいことですが、正式には50年代の作品とも言えないので、紹介だけにとどめておきます。 



  ●歌詞と訳詩●

Crying, waiting, hoping,   泣いていれば、待っていれば、望んでいれば、
(that) you'll come back   きみは 戻ってくるだろう
I just can't seem to   ぼくには できそうもない
Get you off my mind   ぼくの心から きみを消し去ることが

Crying, waiting, hoping,   泣いているんだ、待ってるんだ、望んでいるんだ、
(that) you'll come back   きみが 戻ってくるだろうと
You're the one I love   きみはぼくの愛する ただ一人(の人)だ
And I think about you   そしてぼくは きみのことを考えている
All the time   どんな時にも

Crying,   泣いて
My tears keep fallin'   ぼくの涙は流れ続ける
All night long   長い夜の間じゅう
Waiting,   待ち続けて
I feel so useless,   ぼくにはとても無益に感じるけど
I know it's wrong   それが間違いだってことは 判っているけど

To keep crying, waiting, hoping,   泣いて、待って、希望し続けていれば
(that) you'll come back   きみは 戻ってくるだろう
Maybe someday soon   たぶん いつか まもなく
Things will change   物ごとは 変わるだろう
And you'll be mine   そして きみはぼくのものになるだろう

(間奏)

Crying,   泣いて
My tears keep fallin'   ぼくの涙は流れ続ける
All night long   長い夜の間じゅう
Waiting,   待ち続けて
I feel so useless,   ぼくにはとても無益に感じるけど
I know it's wrong   それが間違いだってことは 判っているけど

To keep crying, waiting, hoping,   泣いて、待って、希望し続けていれば
(that) you'll come back   きみは 戻ってくるだろう
Maybe someday soon   たぶん いつか まもなく
Things will change   物ごとは 変わるだろう
And you'll be mine   そして きみはぼくのものになるだろう

Crying, waiting, hoping   泣いていれば、待っていれば、望んでいれば
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テーマ : 洋楽歌詞対訳
ジャンル : 音楽

プロフィール

Sumi Haruo

Author:Sumi Haruo
昨年まで老母の介護をしていました。 古い記事へのコメントも大歓迎です。
※記事へのリンクは自由ですが、対訳はあくまでも私個人の解釈なので、訳詞の転載はお断りいたします。
訳詞を掲載したい場合は、記事へのリンクを貼るという形にして下さい。

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